三人寄らば大樹の陰

       血に濡れた剣を手にした一人目の男が、重苦しい動作で口を開いた。

    「……お分かりですよね、隊長」

       彼が手にしているのは紛れも無い、普段俺が使っている剣だった。どういうことだ、と問い詰めるより早くに、二人目の男も浅く何度もうなずきながら、

    「我々はただ、貴方のために……こうするほかなかったのです」

    青ざめた顔に硬い表情を張り付かせて俺を見た。

       薄く積もった雪に、点々と赤い染みが散っている。それを辿っていった先には、つい先程まで息をしていた男が一人雪の上に突っ伏していた。
       辺境の村出身の男には、結婚を約束している娘がいると聞いていた。村では十分な金を稼げないからと、娘を残してこの街にやって来た男だった。

    『魔物を狩る騎士団の仕事は、危険ですがやりがいがあります。あの人を守るつもりで頑張ります』

       いつだったか、彼がぽつりと呟いた言葉を思い出した。


       あの時、彼がどんな人物か分かっていたなら。いや、本当は分かっていたのだ。


       彼は、金のために情報を売っていること。まっとうだとはとても呼べない仕事を生業としていることくらい、俺はとっくの昔に知っていた。その上で、こうなることを望んで見て見ぬふりをしていたのだ。
       仲間の弱みを調べあげては、それを使って金銭を巻き上げていたような男だ。仲間内の評判はもちろん悪く、その内居場所がなくなるだろうと思っていたのに、どうやらこの騎士団は金に直結する情報の宝庫だったらしい。

       一年経っても、二年経っても、彼は一向に姿を消さなかった。

       そして、もうすぐ二年半が経とうかという今日、ついに彼は姿を消した。

       騎士団からではなく、この世界から、永遠に。
       一人目の男は、妻以外の女性との関係を、二人目の男は数年前の事故の件を蒸し返され、いわゆる『口止め料』を定期的に支払っていたというから、あの青年を恨んでいたとしても不思議ではない。

    「俺のため、とは」
    「あいつは、貴方を殺人犯に仕立て上げようとしていたんですよ!」
    「殺、人?」
    「貴方の剣を盗んで、襲ってきたのです。この剣で殺せば、俺に疑惑はかからないと言ってね。……ここのところ、私が支払いを断っていたからでしょう」
    「そんな理由で、人を殺すような男ではない」

       瞬間、二人目の男がぎらりと双眸を光らせた。

    「そんな理由で人を殺す人間を、貴方は何人もご覧になってきたでしょう。金は人を変えてしまう。婚約者の姿さえ、あの男の中に残っているかどうか」
    「理由はどうあれ、私と彼には殺人の、そして隊長には拭い切れない疑いが残る。何せ、凶器は貴方の剣なんです。……隊長、お分かりですよね」

       血糊もろとも鞘に収めながら、一人目の男がちらりと背後の青年に目をやった。懺悔の念と、悔恨に苛まれた光を両目一杯に宿しながら。

    「人は皆、善良に生きるための犠牲を必要とするものです。隊長、今度は貴方が」


       私達を、助けてください。


    「そう言われた俺は、なんとしてもこの事実を隠さなければと思いました」
    刑事ドラマでよくある展開。犯人目線で弁解を。


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